防犯カメラと三面鏡
地下鉄サリン事件などで手配されていた容疑者の逮捕までの過程で、防犯カメラの存在がずいぶんと話題になった。カメラは、ふだんは気がつかない都市部のさまざまところに設置され、われわれは、しばしばカメラで正面から、そして後ろからと、いろいろな角度でとらえられている。
もし、自分が映ったその映像(画像)を見せてもらったら、「へぇー、俺ってこんな感じで動き回っているんだ」とか、「私の歩き方は後ろから見るとこんななの?」といった新鮮な驚きがあるだろう。
日頃自分が向き合う自分は、たいていは正面からみた鏡の中の姿だ。一方向からの平べったい自分でしかない。
しかし、かつての日本人、特に女性は三面鏡で自分の後ろ姿や横からの姿を眺めていた。あるいはアップにした髪や襟足などを手鏡をつかって気にしていた。
こんな話を床屋でしていたら、
「そうですね、女の人でももう少し襟足をきれいにした方がいいんじゃないかなって思う人がたまにいますね」
と、それほど自慢できる後ろ姿ではない床屋の店長がいう。
電車にのれば、相変わらず他人の前で化粧をしている女性をよく目にする。先日、東海道線の電車に乗っていると、ボックスシートの女性が周りを人で囲まれているなかで化粧をはじめた。すぐ近くで立っていたので嫌でも目に入ってくる。
なにやら頬に塗っているようだったが、そのうち口の前を片手で隠して、もう一方の手に何かを持って、少し顔をゆがめている。これを繰り返している。なぜ化粧で顔がゆがむのかとおもっていると、毛を抜いていたのだった。目の前では初老の男性が文庫本を読んでいる。彼もいたたまれない気持ちだったろう。ここまでくると、露出狂から受ける被害に近い。
彼女は30歳前後の普通のOLに見える。他人によく見られたいと思って化粧というものはするはずだが。それとも、ただの自己満足のためか、彼氏や彼女など特定の人のためなのだろうか。
いま三面鏡のある家はどのくらいあるのだろう。他人を見る目は厳しく多角的になっている。その一方で自分を見る目は単純で、薄っぺらな自分しかとらえていない。 彼女を見ていた私もそういう目だったのかもしれない。
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