格子戸をガラッと開けると・・・

 暗い小路にたつ小さな木造の平屋。すりガラスの入った格子戸の向こうで楽しげな声がする。思い切ってガラッと引いてみると、「いらっしゃい」と明るい声で出迎えてくれた。まずはひと安心。これがうわさの居酒屋か。

「おひとりですか」。奥の小上がりの小さな膳の前かカウンターを勧められた。両脇の客にちょっと詰めてもらってカウンターに入り込む。白髪のおかみさんのほか、小さなカウンターの向こうには若い女性二人と少し年上の女性が、にこやかな顔でせっせと手を動かしている。給仕に回っているのは背の高い青年だ。総勢5人。孫とおばあちゃんといったスタッフ構成だ。
 店の規模にしては手が多い。それだけの客がいつも入っているのだろう。何しろ開店前から客が並ぶ。閉まる時間は早く、酒は3杯まで。ヨッパライは入れない。情報では確か創業は1940年代。

 まずは「ビールをください」と言ってみると、「大ビンでいいですか」と返されたので、頷いたが周りを見ると小ビンが主流のよう。一番搾りと一緒にやってきたのはお通しだが、これが3点セット。おから、タマネギの酢漬け、そして皮つきのピーナッツと豆菓子。長年のしきたりなのだろう。

 品書きのようなものは見回したがない。「メニューありますか」などときくのは野暮だろう。コハダのつまみがあるとは聞いていたので「コハダありますか」と、きくと「ハイ」と青年は実にさわやか。
 グラス片手にじろじろと店内を見回す。黒ずんだ板張りの天井。カウンター上の天井からは和風の照明が下がり、点滅させるひもが垂れ下がる。建具は古くもちろん木製。奥の小上がりにあるガラス窓の向こうにいい色合いの緑が見える。

 壁や長押の上には、この店の常連かあるいは訪れた有名人の色紙などがずらりと並んでいる。そのなかにも登場しているが、ここでは酒は灘の櫻正宗と決まっているようだ。最初にビールを頼んだときも、同時に日本酒のためと思われるコップが運ばれてきた。これもしきたりなのだ。
 
 カウンターの上に大きな土瓶が二つ置いてある。酒を頼むと若い女性のうちの一人が、それをもって上の方からカウンターのコップめがけてピンポイントで酒をつぐ。インド料理屋で滝のように注がれるチャイを思い出した。なみなみと注がれたぬる燗の櫻正宗は、さっぱりとしていてやさしい。
 左隣の男性客が湯豆腐のようなものを食べている。しばらくすると青年が「どうぞ」と同じものを置いて行った。「あ、それは頼んでいませんが・・・」と戸惑っていると、「みなさんにお出しすることになっています」と、丁寧に応える。どうやら酒をおかわりすると自動的に出てくる仕組みになっているようだ。
 温かい豆腐にシラスとネギがのっていて、よく見ると鱈が入っている。鱈豆腐か。これは自宅で作ってみたくなる。

 閉店も近くなり、少しすいてきたので、何気なくおかみさんに話しかけると、気軽につきあってくれ、「昔はこのあたりに憲兵隊があってね」などとかつての横浜・野毛の様子やご自身のことを教えてくれた。こちらもどこから来たのか多少自己紹介。
 楽しいときも束の間、ここが潮時と席を立つと、「まっすぐおかえんなさいよ」と、おかみさん。笑ってごまかし、気分よく野毛の飲み屋街へ足を向けた。大正11年生まれだというおかみさんの店は武蔵屋という。


the attachments to this post:


武蔵屋


Comments are closed.