朋あり遠方より来る、また楽しからずや~野毛

フロリダにいる古い友人と横浜・野毛で会った。ハリウッドフェスティバル・オーケストラというバンドのドラマーとして、新年早々から全国各地を回っている途中、オフを利用して夜訪ねてきてくれた。
奥さんが日本人で、日本にも一時住んでいた彼は、小ぢんまりした居酒屋と酒を好むアイリッシュ系の50代だ。前回に会ったときは、青物横丁の赤ちょうちんで、はじめてホッピーを味わった。これが意外にも気に入っていたようで、今回も野毛の赤ちょうちんでホッピーから始まった。

フロリダのニュー・スミュルナビーチという、ケープカナベラルにちかい小さな町で暮らす彼によれば、最近町に寿司レストランができたいという。「日本では安くておいしいものがいっぱいあるのに、どうしてマクドナルドに人が行くのか不思議だ」という。
ホッピーのあとは熱燗にうつり、カツ煮などをつまみに話ははずんだ。ではもう一軒ということになり、目移りするほどの居酒屋が集まる野毛の路地に出た。少し迷った挙句、ミュージシャンの彼が興味を持つだろうと思い、ジュークボックスの置いてある古いバーへ案内した。

「山荘」というそのバーは、以前同じ野毛の別の場所で長年営業してきたが、家主とオーナーの都合で閉店せざるを得なくなった。ところが顧客のなかから新しいオーナーが現れ、これまでどおりの店長のもと今の場所に移して再開となった。
喜んだのは常連で、以前より狭くなったその店は、いついってもカウンターはほぼ埋まっている。ジュークボックスには1960年代、70年代のドーナツ盤が入っている。多くはお客さんが持ち込んだものらしい。「ママス&パパス:夢のカリフォルニア」「ミーナ:砂に消えた恋」「長谷川きよし:別れのサンバ」など、なかなかうれしいラインナップだ。
100円で2曲、200円で5曲かけられる。ボタンを押して選曲する、出てくる音はけっこう重量感があって聴きごたえがある。
「これはたぶん60年代のものだよ」と、ジュークボックスに両手を置いた友人が感心する。「ボビー・へブ:サニー」がBGMでかかると、「いい曲がつづくな」と、再び関心。
ゴーヤチャンプルーをつまみに、二人でサッポロビールの瓶を3本空けると、10時ごろだった。込み合う店を出て、最後にジャズ喫茶「ちぐさ」へ案内した。日本で最も古いといわれるこの店も一度閉店したことがある。それを顧客が惜しんで“復活”させたという話は有名だ。

ちぐさ外

店内には、年配の男性が二人。ひとりは畳のような大きさのスピーカーを正面にじっくり聴いている。もうひとりは文庫本を片手に横を向いて、難しい顔をしていた。ジェイムソンが品切れだったので、二人して「山崎」をロックで。
友人は、いまかかっているレコードのジャケットを見に席を立って、店の若い男性に何か聞いていた。有名な「モントルー・ジャズフェスティバルのビル・エバンス」がかかると、友人の知り合いがかつて、ビル・エバンスのトリオに参加していた話などをしてくれた。
しばらくすると、60歳前後の外国人男性3人が入ってきた。ちょっとくたびれたビジネスマン風である。
「ナニジンかな」
「ジャズ喫茶なんて入ってくるのはドイツ人じゃないか」
などと二人でいいながら、彼らの動向をみていると、注文は英語だったが会話はフランス語だった。店内の客は日本人3人、フランス人3人、アメリカ人1人。どれも60歳前後の男という、インターナショナルではあるが枯れている。

静かに聴いているフランス人に帰り際、「どうしてこの店に来たのですか」と、話しかけてみた。するとひとこと、「By Chance(偶然)」だという。
偶然でも、ジャズのカフェに入ろうなんていうのは、古いジャズファンなんだろうな。友人は、外に出ると満足げに、ちぐさの写真を撮っていた。あと数日の滞在だという友人は、そろそろ妻に頼まれたものを買わなくてはならないという。
ラーメンだというから、どんなものかと思ったらこれだといってメモを見せてくれた。そこにあったのは「マルちゃん正麺」の文字だった。冷たい空気の夜だったが、ちょうどいい酔い心地で桜木町駅へと向かった。悪くない日だった。


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