ある朝の「人身事故」

朝の通勤時間帯、駅近くのコーヒーショップには、オーダーのため人が列を作っている。都心に向かう電車が、人身事故のため止まっていて、当分動きそうもないため、しばらく様子を見ようと、あきらめてきた人たちだ。

ちょうど、電車が駅で停車したときアナウンスを聞いた私は、即座に降りてこのコーヒーショップをみつけた。よくあるチェーン店の一つだ。

まだ十分席が空いていたので、4人がけのテーブルについた。どうせみんな一人ずつだろう。着席してから30分近く経っているが、いまだに人が並んでいる。店内はほとんどいっぱいだ。

中年の女性がトレーをもって席を探していたので、「どうぞ」と、相席をすすめた。「ありがとうございます」と、彼女は席について、モーニングセットを食べ始めた。

多くの人がそれぞれスマホを見ている。なかには私のようにPCを立ち上げている人もいるが、圧倒的にスマホだ。向かいの女性もスマホをいじりはじめた。見回すと、新聞を読んでいる人はだれもいない。もちろん店には置いていない。
本を開いている人もどうやらいない。年齢は20代、30代が中心だろうか。男女は半分ずつくらい。

こういうとき、もし田舎の駅の待合室だったら、いろいろ話しかけてくる人がいたりするのだろう。知らない人同士でも、こんなところからちょっとした人間関係や男女の出会いが生まれないとも限らない。

後ろに座っていた若い男性が、注文したサンドイッチをもって店員の若い女性に話している。虫かゴミがついていたのか、店員が「あー、すいません」と言ってそのサンドイッチを持っていった。

隣にいた若い女性の所に、男がやってきて合流した。職場の仲間か。まだ途中までしか動いていないという。私鉄に乗り換えていくかを相談をしている。

目の前の女性が、席を立った、でかけるようだ。なにかこちらに挨拶するのかな、と思っていると、「どうもありがとうございます」と、おじぎをした。「あ、どうも、行ってらっしゃい」と、小さな声で、PCに向かったまま返した。

すでに40分を過ぎたがまだオーダーの列は続いている。ネット調べると、9時まではストップ。つまりあと20分くらいしないと再開しないようだ。

今度見回すと2人本を読んでいる人がいる。そういえば、フロリダの友人、ベテラン記者のノーランが言っていた。「インターンで来た若い女性が、紙の本を最後に読んだのは、2年前だって」。

50分後、ようやく並ぶ人が少なくなってきた。通常の形にもどったのか。この日、店の売り上げはぐっと伸びたことだろう。困る人がいれば喜ぶ人もいる。世の中、完全に悪いことなどない、そして良いこともない。

「喫煙は満員です!」。店員が業務報告の声をあげた。席数の少ない喫煙席は満員。かなり煙いだろう。そういえば、先日駅構内のコーヒーショップで、喫煙席しか空いてなく仕方なく入った。待ち合わせをした人が喫煙でもいいというので我慢した。
しかし、1時間以上いたら、息苦しくなった。臭いもすごい。喫煙が満席。阿片窟のようなものだ。

ウェブ上の運航情報の案内によると、8時40分頃に運転を再開したという。ようやく動き出していた。それから30分ほどして私は席を立った。

※   ※   ※

ホームで電車を待っていて、「人身事故」について考えた。人が巻き込まれた事故だが、たいていは自殺だ。とても悲惨で現場は凄惨なありさまに違いない。でも、「だれかがホーから飛び込んだ」などとはいわない。コーヒーショップの人たちも、人身事故に遭った人、あるいは自ら事故を起こした人のことなど想像することもないのだろう。
「人身事故」といわれれば、仕方ないと、コーヒーショップに避難するだけになってしまった。


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