Archive for the ‘新型コロナウイルス’ Category

安心して感染できる環境に  徹底検査というビッグデータ活用を

月曜日, 6月 22nd, 2020

 嫌な空気に包まれている。新型コロナウイルスの拡大によって、いま日本を覆っているのはそんな空気だ。ホストクラブ通いをやめられない客や、自粛をものともしない夜の店や、自粛の解除とともに観光地や繁華街に繰り出す人たち。その一方で、外出を極力避け、マスクをはなさず行動する人たちもいる。
 感染の危険度は大したことないのか、どうなのか。なぜ日本は今のところ表にでている感染者の数も陽性者の割合も低いのか。「ファクターX」はよくわからないという。確かなことがわからないなかで、漠然とした危険性があるという警告のもとで生活する。それが、なんとも気味が悪い。
 この気分を少しでも解消するには、とにかく検査を拡大するしかない。検査にもとづくデータを可能な限り集める、つまりAIの基本のビッグデータの活用がまず先だろう。推測や憶測に基づく議論をするより、「検査の拡大」を訴え実行することがまず第一だ。
 もう一つの嫌な空気は、感染の確率はかなり低いかもしれないが、連日報道される医療現場の苦しい事情や感染患者受け入れ状況をみると、万一感染したらまともに診てもらえないかもしれないという不安を抱えているという空気だ。
 感染を防ぐことは100%は不可能だ。だから、万一感染しても安心していられる、つまり安心して感染できる状況が必要になる。そもそも病院とはそういうものだ。万一病気やけがをしても病院があるから安心していられる。
 いくら観光キャンペーンなどに金を使っても、それに乗ってくるのは、楽天的な人たちだけで、漠然とした恐れや不安を抱いている人たちはまだ控えるだろう。それより科学的にどう危険でどう安全なのかがより分かってきて、加えて万一感染しても診察から収容まで安心していられるとわかれば、理屈で動く理性的な人たちも動き出す。
 検査の徹底拡大によるデータと、安心して感染できる十分な医療体制によって、日常の活動も合理的になり、合理的な経済活動が進む。

家が火事のときに新築住宅の売り込みをするようなものだ

月曜日, 6月 8th, 2020


 新型コロナウイルスによって打撃を受けた観光業や飲食業のために、政府は「Go Toキャンペーン」なるものを立案したが、その事業費は1兆6794億円で、事務の委託費が最大で3095億円に上るという。医療機関が危機に瀕していて、国民が感染した場合、安心して治療を受けられない心配があるなかでのことだ。
 飲食や観光が活況を呈するには、第一にウイルスの感染がおさまることだ。しかし、完全にウイルスを封じ込めるのは不可能だろう。だから万一感染してもすぐに検査を受けられ、安心してしかるべきに医療機関なりで処置してもらえることが大切なのだ。
 こうした安心感がないなかでは、気軽に飲食や観光に行けない。つまり、まず第一に金もエネルギーもそそぐべきは、医療機関への援助であり、これによって安心できる治療体制を確立することに尽きる。
 それができれば、キャンペーンなど必要ない。だまっていても人々は動き出せる。いま第二波の心配も持ち上がっている。波が来たら医療崩壊さえ起きかねないのに、収束後のキャンペーンだというのだから、国民的な利益よりも狭い業界内の利益を優先して考えるという、レベルの低い政治決定としかいいようがない。
 飲食が半額になるクーポンがもらえれば、人は単純にうれしいだろう。庶民はそう思う。その庶民の単純な損得勘定に付け込んで歓心を買うような真似は、マスクを配った姿勢と同じだ。心ある政治家なら、「クーポンを配りたいところだが、いま大事なのは違う。医療のために使うのが大事なのだ」と、国民に訴えるくらいの気持ちがほしい。
 われわれはいま、安心して感染できない状況にある。だから、まじめな人ほど自粛し、神経質な人ほど恐れ、もやもやした空気に支配されている。注意をしながらも活動をするには、感染しててもある程度安心感を得られる環境が必要なのだ。
 検査体制の推進を可能な限り急ぎ、最大限の医療支援をする。それをせずして、なにが消費促進のキャンペーンだ。火事が目の前でおき、被災している人がいるときは、消火活動が何より優先されるべきだ。愚策の「Go To キャンペーン」は、自宅が燃えている人を前にして、新たに建てる住宅の売り込みに励むようなものだ。

 岡江久美子さんは死ななくてすんだのでは      本気でPCR検査、軽症者収容、医療・保健現場の支援をしていたら?

土曜日, 5月 9th, 2020

 PCR検査体制と軽症者収容、そして医療・保健現場の支援に対する不備を放置してきたことはもはや揺るがしがたい事実であり、その責任は政府と厚労省にあることがはっきりした。認めるわけもないその責任を今追及したところで意味がないという意見もあるだろう。しかし、本気で取り組めばできる可能性があった施策、体制をとらなかったことで、失われずに済んだかもしれない命、ビジネスがあったことを考えれば、この事実は確認しておかなければならない。
 
 PCR検査の停滞という失態は、安倍首相、加藤厚労相、そして政府専門家会議の発言から明らかになっている。加えて、自民党の田村憲久代議士という自民党の元厚労大臣もこれを認めている。
 検査の拡充ができていないことについて、政府の専門家会議は検査体制が十分でなかったことを理由にしている。
 ――専門家会議は、「(検査を担う)地方衛生研究所の体制拡充を求める声が起こらなかった」と、指摘。新型コロナの感染拡大後は、検査を実施するかを判断する保健所が患者らの相談対応などで忙殺され、検体を採取する医師の感染防護具も不足していたことなどを挙げた。――(5月4日毎日新聞)
 ここで挙げられた理由は、果たして解消できなかった理由だろうか。
 「検査を担う地方衛生研究所の体制拡充を求める声が起こらなかった」と言うが、「起こらなかったという事実」はなにも今になって気づいたことではないはずだ。「起こらなかったこと」を認識していて専門家会議も、政府も黙っていたわけだ。「求める声が起きていれば対処したが、起こらなかったからしなかった」と聞こえるが、これでは、道端でケガして倒れていた人がいても、「助けてくれ」と言われなかったからそのまま通り過ぎたといっているのと同じだ。
 
 次に、「検査を実施するかを判断する保健所が患者らの相談対応などで忙殺され、検体を採取する医師の感染防護具も不足していた」という理由だが、これもあまりに傍観者的だ。「忙殺されていて、感染防護具も不足していた」ことは、早い段階で知られていた。「忙殺されていた保健所と感染防護具が不足している医師や病院」があることももちろん最初から分かっていたはずだ。この問題を解決するのはもちろん政治、行政だが、専門家会議も「問題を解決すべきだ」と強く提言すればいいではないか。「専門家会議としては提言したが、解消されなかった」というのならわかるが「不足していた」という事実認識だけならだれだってできる。
 専門家会議は、政権を忖度する必要などないはずだが、これでは「さぞ、行政も政治も現体制では大変だろうから、無理でしょう」と、忖度しているともとれる。いったい専門家会議とは、どういう立場なのか。厚労省の行政としての責任者が顔を見せずに、いつも専門家会議がまるで、政策の責任者のように登場して発言している。実に責任の所在が分かりにくい。合理的なことが実行されない。だから、「本気で検査を増やそうとしたのか」という怒りにも似た質問が各方面から政府に投げかけられる。

 事態の収束に向けてPCR検査の拡大の有用性については、京都大の山中伸弥教授をはじめ英国キングス・カレッジ・ロンドン教授でWHO事務局長上級顧問の渋谷健司氏などの専門家、そして社会物理学の立場から研究した九州大学の小田垣孝名誉教授、また経済学の立場からも法政大学の小黒一正教授など数多くの知識人が訴えている。
 現場で検査を積極的に行っているクリニックや病院をはじめ、医学部附属病院でPCR検査のシミュレーションを実施した山梨大の島田真路学長も国の体制を批判し、検査拡充を訴える。

 政府が、早くから検査に向けて人材、金、資材を投入、収容施設の確保という施策に本気で取り掛かっていれば、社会活動をほぼ正常にできる人とそうでない人をある程度区別し、全国民に長期にわたって網をかけるようなことをしなくても済む。その可能性がわかっていながら、放置してきたことで、ウイルスによる死者、経済活動を奪われビジネスや仕事を奪われた人、倒産者をもっと抑えられたかもしれないことを考えると、なんとその罪は重いことか。
 リーダーシップをとる人間がなく、そうした施策がとられず、目先の簡単な施策である数百億を使ったマスクの配布や、事態収束後の観光キャンペーン予算を組むことをよしとしているような、だれでもできるようなことをしてきた安倍首相、加藤厚労相の責任は重大だ。
 政府や専門家会議を批判することが目的ではない。しかし、事実を追えば当然こういう批判をせざるを得ない。
 最後に検査体制などの不備との関係に戻れば、沖縄の基地問題の解決にも尽力されるなど多くの業績を残した岡本行夫氏の死の経過についても注視したい。

  

 

BILLIE JEAN Jose Feliciano – YouTube

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非常時に、常軌を逸した「Go To キャンペーン」とは

木曜日, 4月 30th, 2020

 常軌を逸しているとはこのことだ。緊急経済対策に、コロナ後の観光、飲食、イベントの振興などのための「Go To キャンペーン」予算を約1兆6000億計上するという。いま、病院、保健所など直接感染症対策にあたっているところは、人手も物資も早急に欲しいところだ。身の危険を感じながら最前線で奮闘している人たちがいる。検査や治療を受けたくても受けられない人がいる。なかには命を落とす人もいる。PCR検査の拡充や他の有効な検査の実現も一刻も早く必要だ。
 そこにまず全精力を注入すべき時だ。それがである。コロナ禍が落ち着いたときに「半額で利用できるクーポン」などの予算を計上するという。飲食店で使えるポイントの付与とか、実に細かな政策を立てている。そんなことに頭を使う時間が官僚や政治家にあるのか。
 ものには優先順位というものがある。感染症対策と経済対策は一体のものであり、いわば国家的な危機管理対策である。であれば、危機管理対策のなかの最優先課題にまず取り組むべきだ。
 まともな人はみなこう批判している。ではなぜこういうことになるのか。長年政治の現場を取材、政権中枢にも食い込んでいた人にきけば、「族議員の働き」だという。
 注意しなくてはいけない。動機は不純だということだ。国や社会という全体の利益より自分たちのことを考える力が優先されたということである。飲食、観光、イベント業界は確かに大打撃を受けている。そこに援助をすることはまったく異論はない。しかし、この時期にあえてそれを打ち出すのか。あとで補正を組めばいいではないか。
 おそらく安倍首相もわかっているのだろう。でも、決断力がないのか、正しさより利害を優先する性格なのか、正しいことが実践できない。だから、この政権や首相の主張にはなるほどと思わせる、説得力や信頼性が感じられない。そこが、ドイツのメルケル首相らと決定的に違うところだ。
 個人的に付き合えば、優しい人なのかもしれないが、リーダーとして、「正義」「公正さ」「情」というものが、感じられない。あるのは「利害」優先、「仲間」優先というやすっぽい理屈になってしまう。数の多いもの、強いもの、声の大きいものの利益を反映させていることは、これまで政権をめぐっておきたさまざまな問題、事件の背景をみればなるほどと納得する。
 しかし、冷静に考えれば、おなじ傾向は有権者のなかにもあるのではないか。だから政権が支持されているともいえる。こういってしまうと身もふたもないかもしれないが、社会の非常事態に、「Go To キャンペーン」のプレミアム付食事券の案などを考えていた政府、行政に「頭がおかしいのでは」と、思わなくなったらおしまいだ。

パチンコに政治もマスコミも甘い理由

日曜日, 4月 26th, 2020

 自粛要請に応じないパチンコ屋名を公表すると吉村大阪府知事がいった。これだけ公共社会のために営業自粛して苦しんでいる飲食業、観光業などがあるなかで、堂々自社のために営業をつづけるところをみると、パチンコの反社会性を改めて痛感する。私も若いころパチンコ屋によく足を運んだことがある。しかし、パチンコ依存症、“中毒症”の実態をしるにつけ、行くことはなくなった。パチンコがやめられなくなって借金苦に陥り家族が苦しんでいる例は数えきれない。

 依存症があるから、パチンコに行かないと気が済まない人もいる。そういう人を責めることはできない。むしろそういう人相手に金を得ることの方が問題だろう。さらに、この人たちに金を簡単に貸す今の社会の仕組み、そして破産しそうになれば、今度は弁護士がでてきて破産や過払い金の払い戻しをビジネスにすることもあこぎである。もう一つ言えば、パチンコ業界への警察庁からの天下り、さらに超党派のこの業界を支援する国会議員たちの存在。マスコミも広告のほとんど正面から報じない。カードローンや消費者ローンと同じ、よってたかってこういう意志の弱い人やその家族を食い物にする仕組みができあがっている。恐ろしい仕組みだ。

 楽しむ人がいるから成り立つ、パチンコの需要があるから自然だという意見があるが、ならば大麻でも児童ポルノでも同じ理屈で成り立つ。

 こうした問題に真正面から切り込む数少ない書のひとつ「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」(若宮健著、祥伝社新書)について、出版社の紹介文にはこうある。

 「~日本では国会議員が超党派でパチンコの換金を合法化しようとする動きが報じられている。日本の政治家は、パチンコの被害に目を瞑り、国民に不幸をもたらしているパチンコを法律で合法化しようとしているのである。」「この国では、一部の人間の利益のために、法的には違法なバクチが、長年放置されてきたのだ。日本のマスコミは、パチンコ依存症による犯罪が多発しても、ほとんど問題にすることはない。日本の新聞で、パチンコ業界を批判する記事は、ほとんど見ることはない~」

 こうした合法的な?博打であるパチンコだが、問題点だけを攻撃して人々の批判の目に晒すだけではまずいだろう。というのも、いまや大企業のパチンコもあり、そこで多くの人が働き、家族を養っている。時代はかなりさかのぼるが、公害問題で関係企業が批判された時代、そうした企業が集積する地域の自治体の学校では、公害問題に触れることはできなかった。多くの子供の親が関係企業で働いていたからだ。後ろめたいところがあっても、頭ごなしにきつい言葉で批判されればわかっていても納得はできない。パチンコ業界もその意味では、攻撃するだけではなくそのノーハウを生かして徐々に別の業態に移行できるように政治が誘導するのも必要ではないだろうか。

 コロナ禍のなかで、浮き彫りにされたパチンコの在り方だが、同様に経済界とのつながりで本来、実行されるべき感染症対策(自粛を含め)に、政治家がブレーキをかけていないか中止する必要がある。

失われるはずではなかったかもしれない命 自宅待機と救命

土曜日, 4月 25th, 2020

 軽症だとして自宅待機していた埼玉県の男性が亡くなった。これを保健所の対応の責任とは到底いえない。背後の事情をつくってきた政府の責任である。
 地震の被害には対処できないところがある。しかし、今回の新型コロナウイルスの場合はどうだろう。中国で発生し、ヨーロッパで広がりその感染被害と対応について日本では、もう2月末から注目してきた。
 その拡大が進む中で、ある段階からはPCR検査の拡充と専門の外来を増設すること、軽症の感染者を収容する施設を確保することが必要だといわれてきた。しかしできなかった。公共施設は閉鎖されて久しい、国の施設で臨時にこうした目的に使えるところもあったはずだ。民間ホテルに協力を仰ぐことも、十分な金銭保証をすればできたはずだ。だがしなかった。
 医療機関は必要な衛生用具、医療機器は足らず、従事者も疲弊しているといわれてきた。一般人はテレビや新聞でずっとそれを知らされてきた。しかし、十分な措置は取られなかった。その代わりに行われたのはマスクの配布と、10万円を配るかどうか。

 実に奇妙だ。立派な国立競技場などオリンピック関係の立派な施設を作るときは胸をはる国が、問題に直面した時に適正に対処できない。なぜなのだろう。自動運転技術などAI技術が未来を変えるなどと言っていた国が、その技術力をこの問題を前にしてまったく無力だ。辺野古の埋め立てやカジノの推進などには力づくで突き進むくせにである。

  必要なのはそんな力ではなかった。華々しいことや形に現れることに旗を振るようなことではなく、困難に立ち向かったときにあらわす力だ。国民・大衆をお客様扱いして、マスクと金を配ってとりあえず一般大衆の歓心を買うようなことにまず気を遣う。本来国民の税金を預かっている政府が、お客様になにかプレゼントをするような口調で配布する。いったいなんだろう。

 自分が被害にあわなければいい、とりあえず得すればいい、そんな多数の大衆、とりあえず現状で適度な生活していることに満足している大衆に支えられてきたのがいまの政権ではないのか。だがそうした現政権支持の利己的な大衆もようやく自分が被害に遭うかもしれないと思いはじめてきた。問題はその次であろう。

アベノミスによるアベノマスクのパッケージの裏側

コロナ禍に紛れて続く辺野古埋め立てという無情な蛮行

木曜日, 4月 23rd, 2020

 政府は、辺野古の埋め立て計画の設計変更をするという。軟弱地盤に対応するため、7万本の杭をうちこんで地盤を固める。これによって費用は当初予定の2・7倍の約9300億円となる。当然、工事期間は延び、埋め立てと引き換えになっている米軍普天間飛行場の移設は、2030年以降となるという。

 周辺住民にとって危険で、環境を脅かす普天間飛行場は少なくとも向こう10年はなくならず、一方、辺野古の自然が破壊されるのはいうまでもなく、周辺住民は10年も建設継続にともなう、工事車両の通行など住環境を損なわれる。そこに暮らし続ける人のことを、今までだけでなくこれだけ泣かせ、困らせ、海を汚して、数多くの基地に加えてさらに基地をつくる必要があるのか。あるという人間は、10年住んでみたらどうだ。辺野古基地新設の代替案を考える最後の時だ。

 コロナ禍で必死に働く人がいる医療現場へ果たして十分な資金、資材などの提供を国はしているのか。その一方で使われる9300憶円とはなんなのか。真の安全保障、公共の利益とはなんなのか、今こそ考えたい。どさくさ紛れともいいたくなる辺野古埋め立てや、横浜のカジノ建設など、いかがわしい事業、施策を見逃さないようにしたい。

穏やかで美しいかつての辺野古の浜(島袋武信さん撮影)

 

 

二極化する?心配する正直者と、遊びまわるその他大勢

月曜日, 4月 20th, 2020

 4月19日の日曜日、湘南海岸沿いの国道134号は、多くの他県の車を含めてかなりの混雑だった。茅ヶ崎漁港の周辺の駐車場には釣り客などの車がとまり、大勢の人が出ていた。茅ヶ崎市内では営業中のパチンコ屋もあった。 

 ライブハウス、映画館、居酒屋など飲食店が、営業存続の危機に立っている。それでも国や自治体の要請を受けて、感染対策のために自粛をしている。その一方で、政治的な配慮と経済的な力関係からだろう、最初からあまり問題にならなかったパチンコ屋には人が詰めかけ、海に遊びに出る人も多い。

 感染を心配する人と自粛要請に従う人、その反対に気にせず自分の楽しみやストレス解消のために行動する人。つまり自粛することで社会全体の利益を図ろうとする人、自分は大丈夫そうだからと自分のことを優先する人。前者のストレスがたまって、後者への批判がエスカレートしないといいのだが。自由意思に任せるというのは、自由を享受する人たちの社会的な倫理観によって、ひどい結果を招く気がする。

 

 

 

  

緊急!!感染疑いの発生から“治療”までのプロセスができていない。医療現場は困っている。保健所も困っている。 

日曜日, 4月 12th, 2020

  発熱がつづいて新型コロナウイルス感染を疑う人が、厚労省や自治体が示す手順に従っても、診療先で忌避されるなど納得のいく説明を受けられずに混乱を招く例がつづいている。

 患者本人はもとより、問い合わせや要望を受けた保健所と医療機関は困っている。発熱外来を設けて、PCR検査を行っている医療機関も同様だ。この混乱を収めるため、専門の外来を設け、必要な人に検査を行い、感染者を収容するという仕組みを充実させるのが第一だが、はたしてそれが進んでいるのか疑わしい。マスク配布で500億使うなら、医療現場、保健所など必死になっている現場への手当、援助が第一である。

 休業補償などの問題ももちろん重要だ、しかし、物事には優先順位がある。だれもが感染者になる危険がある今、まず医療、関係現場への手厚い対策がされなければ、補償してもらい継続しても社会自体が壊れ、事業・営業を再開できなくなる。その損失の方がはるかに大きいと予測される。

 

 

コロナ禍でもカジノを進める横浜市。そんな場合か。

土曜日, 4月 11th, 2020

 ギャンブル依存症、港湾・文化都市横浜にふさわしくない、など様々理由で市民から批判を受け、嫌悪の情を抱かれている横浜市のIR(カジノを含む統合型リゾート)誘致計画が、新型コロナウイルス対策に追われるなか進められようとしている。ウイルスの問題は将来も起こりえることを考えれば、穏やかな港湾環境のなかに飲食や享楽で人を集中させる施設を作り出すことの問題を、考えざるを得ない。

 それにもかかわらず、国による認定スケジュールに合わせようと、予定通り計画を進める林文子市長の責任は問われる。オリンピックの開催問題を優先させ、ウイルス対策に後れを取ったともみられる今回の国の姿勢から学ぶところはあるはずだ。林市長が、IRの誘致を将来の財政の危機、経済効果を鑑みて実現するのだと訴えるのであれば、その「危機と効果」と、IRを作らないことのメリットを具体的に比較して、市民に説明し、幅広い了解を得たうえですすめるべきものを、これまでは反対を押し切って進めている。

 以前、アメリカ東部のカジノの町、アトランティックシティーのカジノを取材したことがある。華やかな(華美で俗悪ともとれる)ネオンサインに彩られた施設と楽し気な内部のカジノだが、入り口あたりで「20ドル貸してくれないか」と、ドローンとした目つきのカジノ・ジャンキーから金をせびられたことがあった。24時間眠らない街は、裏に回るとネズミがはっていた。カジノをすべて否定するわけではない。楽しいところもある。だた、それと引き換えに港・横浜で失われるものがある。それを正直に市民の前に出してゆっくりと議論すべきではないか。市長の在職期間はほどなくすればおわりだが、電飾に施された施設は半永久的に湾岸を占有することになる。