雪の室蘭、クラシックな心地よさ

 雪も悪くなかった。室蘭の夜、さらさらと降る雪のなかを歩いていると、気持ちが落ち着いた。地元の方には申し訳ないが、昼間でも寂れた感のある旧市街。夜ともなれば、人気はまったくない。活気をつけようとしているのだろうが、通りに流れる音楽はかえって寂寥感を濃くする。

 減価償却をとっくに済ませたような商店のレトロな店構えが暗がりにうっすら見える。暗くなりポツン、ポツンと灯る明かりは居酒屋で、私はその一つを訪ねるために雪道に足を取られないようにゆっくりと歩いた。
 
 ごくまれにタクシーが静かに過ぎて行く。この町を初めて訪れた人なら、このあたりで居酒屋へ入ろうなどとは思わないだろう。私は何度かここへは来ているので、一般に古い鉄の町などと言われる室蘭の奥の深さと魅力の一端を知っている。


 確かに寂れてはいる。しかし、妙に落ち着くのだ。誤解を恐れずに言えば、少々古くて寂れているだけならどこにでもあるが、それも程度を超すとクラシックになる。存在に味が出てくる。
 新しい町や商店街のなかには、若いタレントが無理にはしゃいで場を盛り上げようとする不自然さや痛々しさがある。見た目はこぎれいでも、簡単なプラスチック模型のようだ。すぐに組み立てられるが、時を経ても味は出ない。

 近頃よく思うのは、新しいものはお金があればつくり出すことはできるけれど、古いものは新たにつくり出すことはできないということ。昔の写真や音楽など、過去の記録は今残っているものに頼るしかない。古いだけで宿る価値がある。
 街並みや家も同じだ。もちろんまったく古いままにしておくことはできないが、その風情をそのままに修正していくことはできるだろう。
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 目指す居酒屋の灯りを見つけ、一歩中に入ると外とはうってかわって賑わいがある。案内された奥の座敷には、かつて取材でお世話になった元室蘭市役所の方たちが顔を揃えて待っていてくれた。
         
 日本中がバブル経済で浮かれ、東京の地価が暴騰していたとき、この室蘭では地価が下がっていた。取り残された感があった。が、それを逆手にとって、市職員の有志がいっそのこと「土地を東京で売ろう」と発案、市の分譲地を都心で売るため上京し、チラシを配って宣伝した。
 その結果、高級車1台分で住宅地が購入できるところや、北海道の自然に惹かれ「室蘭に行ってみようか」と、現地視察を経て住みついた人もいる。それを取材したのを機に、何年かに一度室蘭を訪れることがあった。

 室蘭という地名は、アイヌの言葉で「小さな下り坂」を意味する「モ・ルエラニ」から来ているという。なるほどそのとおりまちには小さな坂があり、場所によってはそこから海が見える。明治になり国策として室蘭に製鉄所などができ、海沿いが一気に工場群と化したのだが、それ以前の古い室蘭の写真をみると、なんとも穏やかな光景が広がっていた。
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 久しぶりの再会で酒も進みテーブルを囲んでの熱い議論も飛び出し、実に楽しいひとときだった。店を出て解散となったが、まっすぐホテルに帰るのも惜しく、知っている近くのバーの戸を開けた。
 壁にギターが掛かりクラシックなロックが好きなマスターがいるはずだった。が、この時はマスターも客も誰もいない。「こんばんはー」と、声を響かせたが返事はなし。
 仕方なく外へ出て、歩き出すと小路に「地酒」と提灯が見える。暖簾をくぐると、看板に偽りなく、さまざまな地酒がリーズナブルな値でならぶ。熱燗を頼み、そのあとで佐渡の北雪という超辛口を一合飲んだ。しっかりしたお通しとあわせて二千円でおつりが来た。


 
 仕切り直しにと再びバーを訪ねると今度はマスターが立っていて、「すいません、ちょっとでていて」という。いい感じのルーズさだ。30分ほど話をすると、中年カップルが来てカラオケをはじめようとしたので、それを潮にホテルに戻った。

 古い町は雪に被われて一見すると眠っているようでも、実は小さな灯りの奥には息づかいがある。それを魅力だと感じるのは、私がときどきやってくるよそ者だからだろうか。


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