小さな靴が片方落ちたとき

 偶然だが、ここ数ヵ月で子連れの若い母親に3度同じことで、手助けをしたことがある。いずれも駅のホームか構内でのこと。抱きかかえている小さな子供の履いていた靴が、片方脱げて下に落ちてしまった。そこに居合わせたので、手のひらにおさまるほどの靴を拾って、子供に履かせてあげた。

 母親たちは小さな子を抱きかかえていると同時に、オムツとかいろいろ詰め込んだ大きなバッグを持ち歩いている。おまけにもう一人お兄ちゃんやお姉ちゃんを連れているときがある。これでは靴が落ちても戸惑うばかりですぐには拾えないのだ。私だけでこれだけ遭遇しているので、世の中あちこちで小さな靴はよく落ちるのだろう。

 子供の靴ということで思い出したのは、ブラジル生まれの洒落たポップス、ボサノヴァを創った一人、作曲家でピアニストのアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)について実妹が著した「アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男」(エレーナ ジョビン著、青土社)。

 このなかに決断力のある毅然とした彼の祖母にまつわるエピソードがある。彼女にまだ小さな子供がいたころ。リオ・デジャネイロの路面電車に子供連れでのっていたとき、子供の一人が足を揺すっていて片方の靴を電車の外に飛ばして舗道の上に落としてしまった。
 そのとき、彼女はとっさに屈み込んで、子供のもう一方の靴を脱がせてすぐにそれを舗道の上に投げた。どうしてそんなことをするの、と聞かれた彼女は、「こうすれば、あの靴を拾った人がちゃんと靴をはけるでしょ」と言った。

 靴を落としたことを嘆いていないで、すぐにその困難な状況のなかでも最善の策を見つける。片方失うだけならただの損失だが、二つ失えば誰かの役に立つ。この話のすごいところは、自分にとっては損失でも、誰かの利益になればよかったと思えるところか。これをとっさに判断する、なかなかできないことだ。


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